稽古会を通じて流派や体系を伝えたり、教えるということをしていて
自分がやっていることというのは…
『みたことがある・みたことがない』
『しっている・しらない』
ことについて、
「みたことがないけれどしっている」
「みたことがあるけれどしらない」
ことを誰かに伝えることなのかもしれないと感じている
「みたことがないけれどしっている」
「みたことがあるけれどしらない」
には、「主語」に『何(誰)』をどう置くかということや、「みる」、「しる」の意味次第で、内容は多様に変わっていくので、かなり大雑把な言い方にはなるけれど、そういう『ズレ』が一つのポイントになっているような気がする
翻って、自身の日々の稽古していることというのも、そういうことの発見・発掘の繰り返しであるようにも感じるし、そこのレベルのことをやっているというのが現状の自分の実力だとも思う