「時間が解決してくれる」というのは嘘だと思って生きてきたけど、今年、帰省をして改めてそのことを実感することになった
「時間が解決してくれる」は「依存」、「逃げ」があって、結局負い目になる
間違えること、恥をかくことも含め愚直に試行錯誤と模索している内に「時間が味方になる」感じが実際なんじゃないか
その過程で、良いことも悪いことも含め思いもよらないことが起こる
縁ができたり、切れたり、あったことが、なかったことになったり、許されたり、許したり、許されなかったり…色々なことがあるけれど、結局それらをどこまで自分事として受止められるか
翻って「ウマくやる」、「ウマくやっている」みたいな言い方でなされていることの多くは、一見「スマート」に見えたり、思えたりするけれど、その辺りのことがないがしろになっているんじゃないか