「内輪に閉じる」というあの感じがどうにも苦手で、じゃあ「公に開く」のがいいのかというとそうでもない
じゃあ最終的にどうしようと考えた時、「輪を広げよう」と思ってそれをとりあえず10年くらい続けてきた
やってきてよかったと思っているし、これからも続けようと思っている
「内輪に閉じる」というあの感じがどうにも苦手で、じゃあ「公に開く」のがいいのかというとそうでもない
じゃあ最終的にどうしようと考えた時、「輪を広げよう」と思ってそれをとりあえず10年くらい続けてきた
やってきてよかったと思っているし、これからも続けようと思っている
武術の流派・体系を伝えることと、その内容を『オープンソース化』することの相性の悪さというのをいつも考えている
これは『オープンソース化』することを批判している訳ではない
例えば、ある技術を何か一つ取って、それを動画として発信する…というようなことを考えるとする
これはあるジャンル・分野においては大きな発展性に繋がるのだろうけれど、自分が携わっていることについては逆の力学が働くだろうということが予想される
『コンテンツ消費』の対象として終わってしまうのが関の山だろう
ただこれも、自分の実力のなさかもしれないし、『オープン』にするにあたっての角度が間違っているであるとか、どこかに理想的な表現の形式があるのかもしれない…
あるいはものごとを再編集していく方法・プロセスやデザインの形を模索する、という作業になるのかもしれない…というようなことを考えたり試みたりもしている
色々か折り合いがつく領域を日々探している
この間、自分のところに稽古に来てくれている人から「稽古をしている時に大事にしている感覚は何ですか?」という質問をされて、咄嗟に…
『コンセンサス(consensus=合意、見解の一致、総意)を取る(取っている)』という感覚
と答えた
何(誰)との、そしてどんなコンセンサスなのか?
ある時は少しわかりやすく『ルール』という枠組みかもしれない
またある時は相手に『お伺いを立てる』行為とそこから生じる『規範』かもしれない
そういうものを立てることや、外さないことを蔑ろにせず、ずっと大事にしているような気はする
そもそも感覚というより『自己規律』に近いかもしれない
暴力には「目的」に照応した「正当化」(justification)が必要であるのに対し、権力にはそのような「正当性」が求められない
代わりに、権力には「正統性」(legitimacy)が必要とされる
個人の資質としての力(strength)を拡張、増幅したもの
一義的には、何らかの目的を実現させる「手段」であり、それ自体が目的を持つものでは無い
個人の能力ではなく、複数人の間において生じるもの
「言葉」による関係性が樹立している中でのみ成立する
「活動」(action)に基いて、「公的領域」を存続させる
規模の大小に関わらず、集団を集団として繋ぎ止め一定の行動様式で作動させる力
稽古を深めていったり、更なる熟達を目指すならば、何が一番大事になるだろうと考えていった時の答えの一つが
『同じようなモチベーションを持った稽古仲間と稽古を重ねること』
という、当たり前にも思える結論だった
優れた指導者に出会ことができ、習い、教わることができたり、自分なりに一人試行錯誤し深めていくことも大事だけれど、それが同時代に生きている「誰か」との「共同研究」になった時、その環境は全く異なる質の変化が起こる土壌になり得る
武術・武道・格闘技の稽古の場合は、その「誰か」が「相手」にもなるから、稽古の場には大なり小なり、そして様々な質の『淘汰圧』が現われ、それに晒されることになる
この『淘汰圧』を優劣や強弱を競う方向ではなくて、「技を深めていくこと、熟達していくこと」、そして「そこから一人一人が何かを知っていくこと」に繋げることに最近は一層フォーカスを置いている
そしてそれを行動に移すことを考えたとき「極め技」というジャンルが、その入り口として最適なのではないかと思った

これまで色々な武術・武道の稽古をしてきたけれど、今現在自身の稽古の中心として残っているのは、『Bukti Negaraを中心とするSerak系統のシラット』を主軸に…
”ハワイの八卦掌”
と
”柔術・グラップリングなど組み技の体系”
になっている
どうしてこれらが併修するものとして残ったのかずっと疑問だったけれど、Serakのシラットの歴史への理解が深まるにつれてその理由が分かってきた…
詰まるところ、
『Bukti Negaraと源流のSerakとの間の”ミッシッグリンク”を補う』
ということに向かうための潜在的な動機が、その理由になっている
どうしてこのことに気がつけたかといえば『(2〜3世代前の)Serak系統シラットにおける実戦観』、そして『当時の稽古方法や流派の系譜、他流の影響』など、その原初風景を紐解いていく作業が進んだ所が大きい
また、そのような作業が進んだ背景には、この系統のシラットがインドネシアからオランダ始めヨーロッパ圏、アメリカへと伝わる過程でさまざまな記録やアーカイブを遺す先駆的な仕事をされていた方々の存在があったからである
そのような背景を経て一つの系統の歴史が保存されているという事実について考えてみると、そこにある種の不思議さも感じる
…と同時に、よくよく考えてみると自身の併修しているものとして残った「八卦掌」、「柔術・グラップリング」もそのような文化的越境と変遷を経て成立しているということに気がつく
稽古会を通じて流派や体系を伝えたり、教えるということをしていて
自分がやっていることというのは…
『みたことがある・みたことがない』
『しっている・しらない』
ことについて、
「みたことがないけれどしっている」
「みたことがあるけれどしらない」
ことを誰かに伝えることなのかもしれないと感じている
「みたことがないけれどしっている」
「みたことがあるけれどしらない」
には、「主語」に『何(誰)』をどう置くかということや、「みる」、「しる」の意味次第で、内容は多様に変わっていくので、かなり大雑把な言い方にはなるけれど、そういう『ズレ』が一つのポイントになっているような気がする
翻って、自身の日々の稽古していることというのも、そういうことの発見・発掘の繰り返しであるようにも感じるし、そこのレベルのことをやっているというのが現状の自分の実力だとも思う
「出会いは簡単だが、別れは実力」
「出会うより、別れる時の方がその人の力が問われる」
…
ということを、父から折に触れて言われてきたのを思い出した
『出会い』は確かに「自分の意思」でどうにかなる部分や「運』や「縁」、「巡り合わせ」やその他様々な要因が手助けしてくれる分、ほんの少し『簡単』かもしれない
『出会い・別れ』にも色々な形や広い意味があるけれど、自分事を振り返ると例えば個人同士などの『別れ』で言えば、一見、「うまくやった、コレっきり」に思っていたりすることに限って、その部分に誤魔化しがあったり、尾を引いたりして、そこでまた色々と「その後」の向き合い方を考えさせられたりすることがある
そういう意味で、『別れ』の方が善悪・正否・良悪、どう、どのように、といったこと以前かつ以後も含め、どうしようもなく自分の『実力』が問われるように感じる