これまで色々な武術・武道の稽古をしてきたけれど、今現在自身の稽古の中心として残っているのは、『Bukti Negaraを中心とするSerak系統のシラット』を主軸に…
”ハワイの八卦掌”
と
”柔術・グラップリングなど組み技の体系”
になっている
どうしてこれらが併修するものとして残ったのかずっと疑問だったけれど、Serakのシラットの歴史への理解が深まるにつれてその理由が分かってきた…
詰まるところ、
『Bukti Negaraと源流のSerakとの間の”ミッシッグリンク”を補う』
ということに向かうための潜在的な動機が、その理由になっている
どうしてこのことに気がつけたかといえば『(2〜3世代前の)Serak系統シラットにおける実戦観』、そして『当時の稽古方法や流派の系譜、他流の影響』など、その原初風景を紐解いていく作業が進んだ所が大きい
また、そのような作業が進んだ背景には、この系統のシラットがインドネシアからオランダ始めヨーロッパ圏、アメリカへと伝わる過程でさまざまな記録やアーカイブを遺す先駆的な仕事をされていた方々の存在があったからである
そのような背景を経て一つの系統の歴史が保存されているという事実について考えてみると、そこにある種の不思議さも感じる
…と同時に、よくよく考えてみると自身の併修しているものとして残った「八卦掌」、「柔術・グラップリング」もそのような文化的越境と変遷を経て成立しているということに気がつく