武術の流派・体系を伝えることと、その内容を『オープンソース化』することの相性の悪さというのをいつも考えている
これは『オープンソース化』することを批判している訳ではない
例えば、ある技術を何か一つ取って、それを動画として発信する…というようなことを考えるとする
これはあるジャンル・分野においては大きな発展性に繋がるのだろうけれど、自分が携わっていることについては逆の力学が働くだろうということが予想される
『コンテンツ消費』の対象として終わってしまうのが関の山だろう
ただこれも、自分の実力のなさかもしれないし、『オープン』にするにあたっての角度が間違っているであるとか、どこかに理想的な表現の形式があるのかもしれない…
あるいはものごとを再編集していく方法・プロセスやデザインの形を模索する、という作業になるのかもしれない…というようなことを考えたり試みたりもしている
色々か折り合いがつく領域を日々探している