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Kotaro Morita Lab.

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  • 016. 『別れ』について

    「出会いは簡単だが、別れは実力」

    「出会うより、別れる時の方がその人の力が問われる」

    …

    ということを、父から折に触れて言われてきたのを思い出した

    『出会い』は確かに「自分の意思」でどうにかなる部分や「運』や「縁」、「巡り合わせ」やその他様々な要因が手助けしてくれる分、ほんの少し『簡単』かもしれない

    『出会い・別れ』にも色々な形や広い意味があるけれど、自分事を振り返ると例えば個人同士などの『別れ』で言えば、一見、「うまくやった、コレっきり」に思っていたりすることに限って、その部分に誤魔化しがあったり、尾を引いたりして、そこでまた色々と「その後」の向き合い方を考えさせられたりすることがある

    そういう意味で、『別れ』の方が善悪・正否・良悪、どう、どのように、といったこと以前かつ以後も含め、どうしようもなく自分の『実力』が問われるように感じる

  • 015. Aspiration

    Jim Ingram師がアメリカから繰り返しオランダに渡りMaurice de Thouars師からSera(k)を学んでいたことは知っていたけれど、Certificateを取得されたのが2002年だということを最近知る機会があった

    Ingram師は1930年の生まれなので、当時72歳(この1930年はPaul de Thouars師の生まれた年でもある)

    “Always be a learner.”

    「常に学び手でいること」

    “A teacher must learn everything so that he can pass it on to others.”

    「教え手は、次の人物に引き継ぐことのできるよう、(その流派・体系における)全てのことを学ばなければいけない」

    というのは、Jim Ingram師の遺した言葉で、自身のどこか片隅に置いているが、そのこと生涯を通じて実践されていたのだと改めて知った

    今からもう10年以上前になるけれど、自分のペンチャックシラットのファーストコンタクトはIngram師の体系なので、その時の経験が強く、一種の「憧れ」のようなものとして遺っているのだと思うことがある

    Ingram師の個人史を知っていく内に、到底「憧れ」の対象にできるようなものでないこともわかってきたけれど、それ自体は自身の一つの意思の向かい方を決定付けている、一つの原動力にもなっていると感じる

    ただ、あの時「憧れられるものではない」と自覚できたことは一つの分岐点だったかもしれない

    「たら、れば」だけれど、その「憧れ」を自分の理解できる範囲や、自身に都合の良いイメージの領域引き寄せていたら、全然違う結果が待っていたと思う(angelfire.com/ri/Pukulan/)

  • 014. 身体と科学について

    少し前に稽古に来てくれた方で、僕が元々「科学」(正確には化学)の専攻だったことを知っていた方がいて、「科学をすることと武術や身体の稽古することを両立することに無理はなかったですか?」ということを質問されて、色々と当時考えていたことなどを思い出しながら話しをしたのだけれど、思うところがあって、その時答えた内容を少し時間をかけてまとめてみた

    =========

    もちろんやっていることの間には「齟齬」や「矛盾点」は何よりどうやったって「折り合いにつかない」ことばかりだったけれども、あまりに違うものすぎたので混ざりようがなく、別ジャンルの物事として学んだりしていたし、あえて二つの領域に取り組むことで、わかったことも沢山あったと思っている。

    例えば、実験科学(化学)の世界にいた自分は「分子」という一つの「物質」レベルの領域で、研究などをしていたけれど、そこでの経験を通じてわかったこととの一つとして、ある一つの、ピュアな、分子一つにまつわる現象とっても「それがなぜそうなるのかわからない」、「現在の理論では簡単には説明できない」ことなどザラにあり、説明しきれない「未知」がどうしても残ってしまうということがあったりする。同時に、その部分をわからないという「?」残しつつも、その過程で新しい法則や技術(テクノロジー)の発見や応用があるということもわかった。

    また、「実験」ということについて言えば一般的にどのようなイメージが流布しているのか正確にはわからないけれど、何か機械で「ピッ」っと計測して集めたデータなり何なりを集めて何やかんやしているみたいなイメージだとすれば、確かにそういう側面もあるけれど、実際にはそんなに単純ではない。例えば、現実の実験の現場には実験が「うまい」、「腕がいい」というような「巧拙」があって、それにまつわる「ノウハウ」も存在する(これはそこに恣意性が入り込む余地があることも示している)。

    だからこそ自分の場合は「物質還元主義的」に身体を捉えることが尚更、「物事はそう単純になるわけがない」ということがわかるのだけれど、ここがまた厄介なところで、とりあえず「わからない」膨大な領域は置いておいて、科学がわかる・説明できる比較的「単純」かつ「大雑把」な範囲、パースペクティブに基づいて、話を推し進めてきたのが「科学」から見た「身体」の歴史なのだろうというふうに捉えている。

    また、そういう前提を置いてみた上で、科学史というものを見てみると、ある一つの側面…科学・テクノロジーの進歩がそのまま身体、文化、倫理、人間性…から実は離れていった過程だということが見えてくる。例えば、物→分子→原子→陽子・電子→素粒子…物質の最小単位(それをより本質的なものとして)を追い求めるの過程は、そのまま、身体から離れていった歴史と重なるように映るようも見えてくる。

    また、自分の場合は取り組んできた「武術」というフィールドが中心に「物理」、「物質」、「科学」…から身体にアプローチしていくことの限界や問題点、矛盾点…について色々と批判や問題提起を見てきたけれど、これまで話ししてきたような「(実験)科学」のフィールドにいた自分などからすると、大半は「相手(物理、物質、科学)の実体をよくわかっていないで何かしらの意見を述べている」か、「その相手(物理、物質、科学)について非常に考察され、その実体を経験を通じ捉えた上で述べられている誰かの先駆的な見解を、ソレっぽく引用して使っている」というようなケースばかりに見えてしまうのだけれど、実際の所はどうなのだろうかと常々思っている。

    『よくわからないのだけど、何か違うと思います』

    という動機も、直感的にそう感じるという点や捉えている角度や方向性としては大事なことかもしれないけれど、もし何かを言うなら「よくわからない相手をよくわからないまま相手にしている」ということが、自身にとってウィークとなっている可能性についてはどこか片隅に置いておくことや、ウィークとして実際に働いているならば、そうならないような取り組みをするか、その部分は相手とする対象とせず、自身の取り組まれていることの方により注力した方がいいのではないかと思っていたし、今でもそう思っている。

    また、こういうことを考えたり思うようになったのは、教わっていた先生方や稽古をしてきた方々や友人との交流や影響を通じてのことであり、そういう人達がいなかったら、あまり考えていなかったと思う。

  • 013. 鋭さと鈍さについて

    この間とある友人と話をしていて、感覚を「鋭さ」と「鈍さ」から捉え、特に「鋭くあること」に重きを置く観方というものの影響力が未だに強いのだなと思うことがあった

    10年くらい前は自分もそういう捉え方に大分影響を受けていた時期があったけれど、色々やっていく内に、物事はそこまで単純ではないと感じるようになった

    例えば自分の場合、ある種の自分の 「鋭さ」を更に鋭利にしていくと、一種の「過敏」になってしまい、かなり不調をきたしたりすることがあった

    そういう経験から「鋭さ」・「鈍さ」にも色々あり、状況に応じてそれが強さになることもあれば、弱さになることもあるという、今考えてみれば当たり前に思えることに気がつくようになった

    ある世代や時代においては、一種の「鋭さ」を求めることが重要なテーマなのだったと思う

    ただ同時に、「現代人は」、「自分は」といった主語を用いて、『感覚が鈍いから、感覚を鋭くしなければならない』というような単純な話ではもうなくなっているとも感じる

    もしこのことを考えていくなら前提として

    『そもそも「鋭い」、「鈍い」とは何か?」

    という観点はスタートラインに一つ置いておきたいと思っている

  • 012. waypoint

    誰かしらにとっての「通過点」になることが、自分のやってることの役割の一つなんだということが最近少しわかってきた

  • 011. 一昨日の夢について

    一昨日、夢に今生では会うことの叶わなかった、ある故人の方が出てきた

    “A teacher must learn and practice everything in a style so that he can pass it on to others.”

    と言われた

    正確に引用できてるかは怪しいけど、大意は合っていると思う

    本でこの人が同じ意味の言葉を書いているのを読んだことがあり、印象に残ったのを思い出した

    声も知らない、写真でしか見たことのない人が、夢の中で目の前に現れて喋ったりするのは、覚えている限り2人目の2回目の経験だけれど、いずれも不思議な出来事だった

    たくさんの人に見られているのだと改めて感じる

  • 010. 冗長さについて

    今日立ち寄った、近所のベトナム料理屋で食べたとある麺料理が今夜の自分にハマりすぎて多幸感に包まれている

    実はここには今晩何となく来ようと思っていたのだけれど、帰り道の電車に乗りながら「途中下車してどこか行こうか」など「あぁでもない、こうでもない」と考えたり、スマホで新規開拓のラーメン屋と調べたりていた

    結局、そうやって探した店にはどこにも心が決まらず最寄駅についた

    最初から求める方向に従っていければいいのかもしれないが、いつもそれができずに冗長な過程を儀式のように踏んでしまうのだけれど、自分にとっては必要なプロセスなんだと思って諦めてもいる

    センスが無いといえば本当にセンスが無い

  • 009. As a translator

    6〜7時間ほぼぶっ続けで通訳をするというのは初めての経験だったけれど、とにかく大変だったのと、疲れた

    自分の通訳はできる人から見れば、細かいニュアンス落としてるだろうし、間違いだらけだろうから内容はあんまり間に受けない方がいいかもしれない

    ただ、そこに集まった方々との間をどう自分が取り持てるだろうかということにずっとフォーカスを置いていた

    その役割一点に、自分のできることを注いだ数日間だった

  • 008. 雪の日の稽古について

    もう10年くらい前になるけれど、ある人に貰ったアドバイスがずっと印象に残っていて、今でも続けていることがある

    『雪の日は「普段あまりやらないこと」、「無自覚に避けていること」を稽古するといいよ』

    というもの

    始めは「無自覚に避けていることをどうやって稽古するんだ?」と思ったけれど、雪の日の空気感、普段は存在しない静けさ、そういうものの内で、自身の内面にフォーカスを当てて観ていると、確かにそういうものがポツポツと浮かんでくることがわかってきた

    あとは、その一つ一つに取り組んでいくだけ

    僕は雪国に住んだことはないので、これが毎日雪が続くような土地でも成り立つのか、東京のような、たまに雪が降る地域だからこそできるのか、その辺りのことはよくわからないけれど、やってみると、稽古の最中に普段は気がつかないような方向に目が向いて色々発見があるのはもちろんだけれど、結構時間が経った頃に何か芽が出てきたりもする

  • 007. 意思について

    この間ハワイに行って帰ってきてから稽古の「フェーズ」が大きく変わったと感じている

    ある種の区切りをつけることができたことで、今までできなかったことが新しく始められたり、自然と始まっている

    こういう物事の推移の仕方を見ていると、自分の意思で何とかできる部分なんてものは、その端緒、はじめのほんの一瞬の方向づけだけなんだと改めて思う

     

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